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−工房の活動−
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日本人にとって「うるし」は身近な存在です。どの家庭の台所にも、ひとつぐらいは必ず漆器がありますし、お店などで手に触れる機会も多いはず。だから私達はうるしについてよく知っていると思っています。しかし、そうした現物や情報がたくさんあるにも関わらず、うるしの本当の姿や実態は実はあまり知られていない…松本さんと宮崎さんに出会って私はその事に気づきました。 もしかしたら、皆さんが持っているうるしについての考えとは異なるかもしれません。また、2人が今後新たな発見を得て、将来見解がかわってくるかもしれません。それを踏まえた上で読んでみて下さい。
日本のウルシノキから、“うるし掻き”という技術で採取されたうるし樹液のことです。日本最大の樹液産地は岩手県浄法寺町。このうるし樹液を使い、うるしの工芸品ができますが、現在日本で塗り物などに消費される“うるし”の99%以上は、実は日本産より安価で品質も劣る中国からの輸入うるしなのだそうです(もしくは“うるし”ではなく、化学塗料が主流になっている)。
話は江戸時代に遡ります。当時幕府はうるしの木を課税対象にし、藩で管理させることを決めました。つまり、うるしの木を植える事によって税収を増やしたのです。これにより、什器への使用が中心だった江戸時代以前のうるし文化に換わり、生活全般にうるし塗装を試みる動きが広がりました。しかし急激に需要が増えたため、当然国内のうるし樹液は不足に。それを補う為に、主に中国などからのうるし樹液の輸入が増え始めました。 それまで、漆器は堅牢でした。しかしこの頃から、見た目には変わらないのに簡単に壊れるものが大量に世に出回ったのです。この後、漆器は壊れやすいものの代表として、扱いづらく高価すぎるというイメージが一般に定着しました。 江戸時代以降の職人は藩のお抱えから離れ、新たな販売ルートを持つ商人のシステムに組み込まれます。そして近代のうるし文化は、江戸倒幕と昭和の敗戦という二度にわたる時代の荒波に晒された結果、その激しい変化に対応するための合理化とコストダウンという手法に流れ、古来から守り続けてきた伝統の漆工芸からは少しずつ離れていく道を辿ることとなりました。
ウルシノキは、東洋(中国・日本・韓国・ベトナム等)に分布するウルシ科の落葉樹。日本では縄文時代から栽培され、塗料・接着剤として使われてきました。数十年前までは日本各地の里山に植えられていましたが、現在ではそのほとんどが姿を消してしまっています。
日本産うるしを語る際に欠かせないのが、岩手県二戸郡浄法寺町。漆工芸をしている人でも知る人の少ない、昔ながらの小さな田舎町です。瀬戸内寂聴さんが住職を務める“天台寺”がある町、といえば覚えのある方もいるかもしれませんね。ここは古くからのうるし樹液産地で、なんとその歴史は縄文時代にまでさかのぼる事ができるそうです。 松本和明さんは、この浄法寺町で約半年間滞在し、3人の師匠について漆掻き技術の基本とそれぞれの流儀をしっかり吸収しました。 |
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余談ですが、この町は当時コンビニといえば夜9時に閉まるような店が駅前に1軒きり。見渡す限り田んぼと山で、秋の稲穂の黄金色、独特の積み穂のシルエットが秋の陽の長い影を落とすさまは「陳腐な表現かもしれないけど、まるで日本昔ばなしのように懐かしい」そうです。宮崎さんが浄法寺町に行った時も、町の人たちが話している言葉が聞き取れず、苦労したとか。しかし、一緒にお酒を飲んだ漆掻きさん同士の会話を聞いて「あっ、今まで気を使って話してくれてたんだ」とわかり、ちょっぴり異国に迷いこんだ気分になったそうです。
中国産うるしは大陸のたいへん広い範囲で、さまざまな方法で採取されます。日本産うるしとの一番の違いは、やはり価格。一般的な販売価格は日本産うるしの約8〜10分の1で、たいへん安価です。
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