−工房の活動−
植 栽 の 活 動


2人の大切な、五色台のうるし畑。香川特有の夏の日照り、秋の台風にも負けずすくすくと育っています。
「ボランティアでお手入れに来てくださった方に“雨が降らないのでうるしの木がかわいそう。お水をあげ
たい”と言われたこともあります。でも父から“日照りだからといって人間が手を出すと、木が甘えて育つ。
多少枯れる木が出てもその環境に慣れさせろ”と言われているんです。子育てに似てるかもしれません」

 

「和うるし」が日本から姿を消してゆく背景には、簡単には説明できないさまざまな事情や歴史があります。それはおそらく、近年うるし以外にも日本独特の素材が消えて行っている事とも無関係ではないはずです。

松本和明さんは、実際にうるしの木から流れ出る樹液が「漆業者さんから購入する日本産うるしと全く違っていた」事にショックを受けたそうです。また、宮崎佐和子さんは「うるしの世界に憧れて飛び込んだものの、皆使っているのは安価な中国うるし。あまりにも日本産うるしが大事にされておらず、危機感を覚えた」と言います。

そんな2人は地元香川県にうるし畑を作り、徳島の阿波うるしを育てています。また、昨年発見した高知県のうるしの木も分根、工房で増やしている最中だそうです。

 


■2002年3月 公開苗づくり

四国でただ1人のうるし掻き職人、東官平さん。秘境・祖谷にほど近い徳島県三好郡山城町で、四国で最後になったこのうるし樹液産地を1人で守っています。この東さんが、2人の活動の立役者のひとり。若い2人を地元でいろいろサポートしてくれます。

この年は、高松市にある五色台という山で、初めて工房のうるしの植栽を行いました。その植栽は「香川漆器の産地の香川県の人に、実際のうるしの木を見てもらおう!」という思いから、「公開植栽」という楽しいイベントに。初めての催しだったので、すごく大変だったそうです。その公開植栽には東官平さんを講師として招いて、参加者の皆さんに、うるし苗の植え方の説明やうるしの木について講演もしてもらいました。

地元では初の試みだということでかなり話題を呼んだせいか、参加者はびっくりするほど多く、中には県の職員さんも。忙しい中参加してくれたことに、2人とも驚きつつ喜んでいました。

この五色台の畑は、松本和明さんの家の元みかん畑です。約3反あり、東さんも「ここの畑は土と小石がほどよく混じって、いい土地だね。きっとうるしの木もよく育つよ」と嬉しそう。この初回の植栽は、50本の苗を地元の皆さんと和気あいあいで楽しく植えました。

そして翌2003年の12月にも2回目の公開植栽を行って、約40本を植えました。こうして、畑を15分割して順次毎年植栽を続けていくのです。そして15年後、うるしが掻けるまで育った初年度の畑のうるしを採り、次年は2回目の畑…とサイクルさせる計画とか。一度掻いた木は切り倒してしまうので、こうして、最初にきっちりと計画を立てておくのです。そして切られた木は再び芽を出して育ち、15年後にはみごとな木になる…。とても楽しみですね。

ちなみに初回は3月の「春植え」でしたが、2回目は「秋植え」(暖冬だったので12月に開催)。夏は雨の少ない香川県では、どちらが適しているか様子を見ながら模索中です。

今までに植えたそのうるし苗は、現在順調に育っています。
公開植栽は毎年行う予定。

ニュース

 

■2003年3月 公開苗づくり

以前から東さんの協力のもとで、うるしの分根をして苗を増やしていた2人。東さんは毎年ご自分の畑で、ひっそりと分根作業を行っています。そこで2人は、この年の苗作りを、興味のある方にはぜひ体験してもらおうと決心。「公開うるし苗作り」というイベントを開くことにしました。
東さんがご厚意により提供して下さった畑がイベント会場。この時も徳島県の山中という遠方にもかかわらず、さまざまな人が参加してくれました。その顔ぶれは、自然が好きな人、木工家さん、いつか徳島の山にうるしを植えたい…という夢を持つご夫婦などさまざま。初春とはいえまだ寒い中「この根っこが緑の苗木になるんだ…!」と、それでもみんな大いに楽しんで作業をしていました。
ちなみにこの公開苗作りには、撮影のために四国放送さんも参加。それもあって、思った以上に賑やかな現場となりました。

そして初夏ごろ、かわいい苗に育ったうるしの木を希望者はそれぞれ持ち帰りました。


よく樹液の出るいいうるし木を選び、その木の根を掘り出して切って畑に挿すという作業。このひとつ
ひとつの根が芽を出し、かわいい苗になる。これが、西日本の特徴の「分根」といううるし苗の増やし
方だそう。


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